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【FF14】虎の目にも涙

白虎と青龍

白虎戦のすぐあとくらいの幕間話。

「涙腺のない白虎の涙こそ、ヤンサの雨」が裏テーマです。




その日、ヤンサに一ヶ月ぶりの雨が降った。

干ばつとまではいかないが、渇いていた大地に潤いが満ちる。
次第に強まる降りに靄がかるその風景は、いにしえのドマの絵師たちが描いた山水画にもにた物悲しさをたたえていた。
虹色の泉を見下ろす小高い崖に一匹、白い毛並みをまとった虎が佇む。
誰あらん、ヤンサの守護神でもある瑞獣・白虎であった。
「テンゼン……」
けぶる景色に、初めての友と旅を始める前に語り合った思い出が蘇る。
「自分たちと同じような孤独な魂に寄り添ってやろう。救うことはできなくとも」
そう、誓いを立てた。
旅路は思ったより永いものとなり、彼は逝ってしまったけれど、思いは未だに受け継がれ、生きている。
醴泉神社に集った皆や、この東国にいる未だ見ぬ未来の仲間たちが安心して暮らせるよう、白虎は心を砕いてきた。
無論、テンゼンという無二の友を失った悲しみに囚われなかったわけではないが、志を引き継ぐことこそ己が生かされた意味であると信じ、前を向いてきた。
しかし、瑞獣である限り逃れられぬ定めは、因果なことに彼が一番守りたいものを傷つける力そのものであった。
アラミタマ、である。
瑞獣のアラミタマは、抑えきれなくなると暴走を起こし、山谷を破壊し、生ける者を傷つける。
かつてテンゼンが封じようとした黄龍は、理性であるニギミタマを失い忘我の果てに紅玉海をあわや滅ぼしかけたくらいだ。
己の中にそんな力が蓄えられていくのを、白虎はずっと恐れていた。
しかし、光明が差した。
玄武が見つけてきたという、西からやってきたその猛き者は、神を殺す者だという。
この者ならば、アラミタマを征魂し、黄龍の再封印にも希望が見えるかもしれない。
白虎は不安を抱えながらも、賭けた。
一世一代の大勝負だ。
負けたら泉下のテンゼンに素直に詫びよう、と腹をくくって臨んだ。
そして、西からの救世主は、見事征魂を成し遂げてくれた。
終わった時のことは、実はよく覚えていない。
ただ、心に溜まっていた澱のようなものがふわりと、溶かされていくような心地がした。
全力でぶつかり合い、疲れ果てた体をようやく起こせるようになった頃、白虎は旅立つ前にテンゼンと交わした件の誓いを、思い出せるようになっていた。
思えば、アラミタマを抑え込むために、己の感情までも抑え込んでしまっていたのかもしれない。
元は獣の身でありながら、人の子のように繊細で豊かな感情を持ち、並外れた時を生きるのだ。
その負荷がどれほどのものなのか、白虎は今回のことで身をもって知った。
降り続く雨に濡れた体を、ぶるりと降って水を落とす。
雨音に混じって、背後に何者かの気配があるのを感じた。
「まさか本当に君ほどの力の持ち主のアラミタマを鎮める奴がいるなんてね」
獣すら寄り付かぬこの場所にわざわざやってきて皮肉めいた口調をする者など、白虎の知り合いの中には一人しかいない。
「青龍、ヤンサに来るとは珍しいな」
「征魂に成功したと聞いてね」
一つ話を聞かせてもらおうと思って、と彼は蛇体をくねらせた。
「お前も近々、干戈を交えることになるだろう。もうそろそろ……抑えておくのも限界なのだろう?」
青龍も、白虎同様テンゼンの旅の道連れで、今はアラミタマの肥大に苦しむ一匹である。
並外れて強がりで負けず嫌いな彼のことを、白虎は旅のころから密かに心配していたものだが、青龍はその心配をあえて聞かなかったことにし、本題を直裁に問うてきた。
「僕が負けることなんて万が一にでもないと思うけど、相手の手の内は知っておきたい。どんな奴だったんだい」
「侮るな。彼の者は、強い。孤独、悲しみ、憎しみ、慕情、喪失…我らが抱えてきたものと同じものを抱え、乗り越えてきた目をしていた」
白虎が己を救った猛者のことを話すと、青龍は蛇独特の器官をシューッと鳴らして彼を威嚇した。
機嫌が悪い時の、彼の仕草だ。
「随分と絆されてるみたいだね」
刺々しさを露骨にまとった言い方に、白虎の胸がちりりと痛む。
思っていたより、すでに青龍はアラミタマに精神を侵食されているようだ。
そして誰より賢い彼が、自分でもそれに気づいていないとは。
「よもや、お前とてテンゼンの言葉を忘れたわけでもあるまい」
普段は穏やかな白虎が出した珍しい批判を、青龍は神妙な面持ちで聞いていた。
虎は続ける。
独り言のような、述懐を。
「生きよ、とあやつは私達に言った」
不意に雨が、こらえきれぬ涙の落ちるように、激しさを増した。
「青龍よ、生きるとは、なんだと思う?」
禅問答のような問いに、大蛇は答えない。
「私は……恐ろしかった。我らほどの瑞獣のアラミタマは、並大抵の者では止められぬ。ゆえに征魂が行えるほどの……我らと同じほどに強き魂を持つ者など、現れないのではないかと」
苦しい感情の吐露。
それすらも、あの猛者が己を救ってくれなかったら叶わないものだった。
それはテンゼンを失い、二度と彼のような友は現れないだろうという絶望に、耳を貸さずにいたからこそ、得られた救いでもあった。
白虎は己が相対したのと同じ、悲しみを乗り越えなお傷と共にあろうとする者の眼差しで、青龍を見据えた。
「結局のところ、我らのかかえるこの病は、孤独の病なのだ。青龍、それがわからないお前でもないだろう」
澱を腹に抱えた大蛇は、居心地が悪そうに舌を鳴らすと、旧友に背を向ける。
「……もう帰るよ。僕はそんなもの……絶対に信じない。僕には征魂なんて、必要ない」
去っていく彼の心のうちの荒れようが、ただただもどかしい。
「なぜ、なぜわからぬ、青龍……!」
嗚呼、願わくば彼の猛き人の子が、あの者の魂を救わんことを。
慟哭のように放たれた雄々しき咆哮は、しとどに降る雨に掻き消されていく。
それは、かつて孤独であった虎が、友と定めた者をこれ以上失いたくないがゆえの、悲痛な叫びであった。

雨はまだ、止まない。
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